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東京地方裁判所 平成4年(ワ)13132号 判決 1998年4月22日

原告

忠建実業株式会社

右代表者代表取締役

川中弘行

右訴訟代理人弁護士

冨田秀実

松村博文

被告

西友開発株式会社

右代表者代表取締役

三澤義満

右訴訟代理人弁護士

栄枝明典

樋渡俊一

桑原育朗

櫻井光政

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

被告は、原告に対し、一二億五〇〇〇万円及びこれに対する平成七年一月二七日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は、原告が、地上げの過程で交渉のあった被告に対して多額の金員を交付したが、結局、地上げは失敗に終わったとして、被告に対し、交付した金員の返還を求めた事案である。

一  前提事実(以下の事実は、当事者間に争いがないか、証拠により容易に認定することができる。)

1  原告と被告は、いずれも不動産の売買・仲介等を業とする会社である。(争いがない)

2  昭和六三年夏ころ、佐藤宣昌(以下「佐藤」という。)から原告に、東京都豊島区要町三丁目所在の別紙物件目録一、二記載の各土地(面積合計約五七六〇平方メートル、以下、これを「要町物件」といい、同目録一記載の各土地を「北側土地」と、同目録二記載の各土地を「南側土地」という。)の地上げの話が持ち込まれた。

佐藤の話では、要町物件の占有者二〇名に二〇億円を払えば、要町物件を更地とし、所有者から要町物件を坪単価三〇〇万円で買い受けることができるとのことであった。

そこで、原告は、右占有者らと協議のうえ、昭和六三年一〇月五日、要町物件の占有者の代表及びその保証人と称する者らとの間で、「土地占有権譲渡契約書」を交わし、同日手付金四億円を支払った外、同年中に数回に分けて六億円を支払った。(甲一ないし五・二八)

3  一方、被告は、平成元年春ころから、要町物件の地上げに取り組み、占有者や所有者と交渉の末、同年九月ころ、北側土地の所有名義人及び要町物件上にある建物の所有者・占有者らにそれぞれ多額の金員を支払って、そのころ、北側土地及び要町物件上の建物(北側土地上の六棟と南側土地上の七棟)について、被告への所有権移転登記を得た。

被告は、南側土地についてもまもなく被告への移転登記が得られるものと考えていたが、同土地の登記名簿は、同年七月から一二月にかけ、それまでの名義人から松仲産業株式会社(以下「松仲産業」という。)に変更(移転登記)されてしまい、松仲産業は被告に対し、平成二年春ころ、南側土地上の建物を収去して同土地を明渡すよう求めて訴えを提起するに至った。(一部は争いがない。甲二九ないし三二(枝番含む)、乙三・四)

4  原告と被告は、平成二年夏ころ、左記内容の記載がある「合意書」(以下「本件合意書」という。)を取り交わした。(争いがない)

被告と原告は、土地の条件付売買等に関し、次のとおり合意する。

(一) 被告は、原告が松仲産業から南側土地を買い受けることを条件として、原告に対し北側土地を譲渡する。

(二) 被告と原告は、北側土地及び南側土地を将来商品として販売するに際し、被告がそれまでに要した総原価と、原告が既に支払っている経費金三〇億円(本合意書の内金として支払った金一〇億円を含む)をその総販売価格から差し引いた後の総営業利益金を五〇パーセントずつ分配する。

(三) 原告は被告に対し、本件土地売買の手付金として、本日売買代金内金として、金一〇億円を支払い、被告はこれを受領した。

(四) 原告は、条件が成就するまでの間、北側土地に付されている担保の債務と、原告が支払っている金額を合計し、その合計金員の利息を年一〇パーセントとし、右利息の各負担を五〇パーセントずつとする。負担金の比率で少ない方は多い方に各月末日までに指定口座に振り込む。

(五) 原告は被告に対し、金一五億円を平成二年一〇月一〇日までに支払う。但し、内金に充当するものとする。

5  原告は被告に対し、4(四)に基づき、次のとおり合計二億五〇〇〇万円を支払った。(争いがない)

(一) 平成二年 九月 三日

一億一〇〇〇万円

(二) 平成二年 九月三〇日

九〇〇〇万円

(三) 平成二年一一月 九日

五〇〇〇万円

二  原告の主張

1  売買契約の解除に基づく原状回復請求

(一) 本件合意書は、北側を対象とする原被告間の売買契約を定めたものである。

(二) 原告が右売買契約に基づく前提事実4(五)の債務を履行しなかったので、右売買契約は、平成二年一〇月一〇日の経過をもって解除された。

(三) 原告は、被告に対し、前提事実5のとおり二億五〇〇〇万円を支払ったが、これ以外にも、平成二年四月二七日に右売買契約に基づき、内金として一〇億円を支払っている。このことを踏まえ、原告は、前提事実4(三)のとおりの合意書の条項を記載した。

(四) よって、原告は被告に対し、右売買契約解除に基づく原状回復請求として、一二億五〇〇〇万円及びこれに対する解除の日の後である平成七年一月二七日から支払い済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

2  業務提携契約の解除に基づく原状回復請求

(一) 本件合意書は、原被告間の業務提携契約を定めたものと解することもできる。

(二) 原告が右業務提携契約に基づく前提事実4(五)の債務を履行しなかったので、右業務提携契約は、平成二年一〇月一〇日の経過をもって解除された。

(三) 原告は、被告に対し、前提事実5のとおり二億五〇〇〇万円を支払ったが、これ以外にも、平成二年四月二七日に右業務提携契約に基づき、一〇億円を支払っている。

(四) よって、原告は被告に対し、右業務提携契約解除に基づく原状回復請求として、一二億五〇〇〇万円及びこれに対する解除の日の後である平成七年一月二七日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

3  貸金請求

(一) 前記のとおり、原告は被告に対して、平成二年四月二七日に一〇億円、同年九月三日に一億一〇〇〇万円、同月三〇日に九〇〇〇万円、同年一一月九日に五〇〇〇万円、合計一二億五〇〇〇万円を交付しているが、これは売買契約ないし業務提携契約に基づく金員という体裁をとっているものの、実質的には、被告が地上げ後の利益を折半するとのエサを示して原告に融資させたものであり、貸金である。

(二) よって、原告は被告に対し、消費貸借契約に基づき、一二億五〇〇〇万円及びこれに対する弁済期後の平成七年一月二七日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

三  被告の主張

1  本件合意書は、売買契約書ではない。このことは、売買代金の定めもないこと、逆に経費分担についての細かい取決めがあること、契約成立の経緯、国土法の届出手続もされていないことなどから明かである。

結局、本件合意書は、原告と被告がお互いに助け合い、将来、要町物件を売却し利益を折半しようとの業務提携契約にほかならない。

2  原告の主張1(二)及び2(二)は争う。

平成二年一〇月一〇日の原告による支払遅滞だけで当然に売買契約ないし業務提携契約が解除されるものではない。右契約は、被告が原告に右債務不履行を理由に平成四年一〇月二七日にした解除の意思表示をもって解除されたものである。なお、被告がそれ以前に黙示的に解除の意思表示をしたことがあるとしても、それは、前提事実4(四)に基づく利息負担金が原告から被告に最後に支払われた平成二年一一月九日より後のことであり、右以前に支払われた利息負担金の返還義務は被告に生じない。

3  被告は、本件業務提携契約に基づき、前提事実5のとおり、原告から利息の負担金として二億五〇〇〇万円を受け取ったが、原告主張の平成二年四月二七日の一〇億円は受け取っていない。

4  業務提携契約は継続的契約であるから、解除に遡及効はなく、既に経過した期間の経費等については、一方当事者が他方当事者に返還義務を負うことはない。したがって、被告は原告に対し、本件業務提携契約に基づき受け取った二億五〇〇〇万円の返還義務を負わない。

四  争点

1  原告は、被告に対し、平成二年四月二七日、一〇億円を交付したか。

2  被告は、原告から受領した金員について返還義務を負うか(交付された金員は売買代金か、業務提携契約に基づく経費分担金か、貸金か。)。

第三  争点に対する判断

一  争点1について

1  原被告代表者各本人尋問の結果、証人村上統垣、同藤崎正信の各証言及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

(一) 平成二年始めころ、原告は要町物件に一〇億円以上の資金を投入しながら具体的な成果が得られず、右投下資金を回収するためにも、さらに要町物件の地上げに関わることによって利益を得る方法を探っていた。他方、被告は、北側土地については名義を取得できたものの、南側土地の買収に手こずり、また資金的にも窮屈な状況にあった。

(二) このような折、原告と被告は、占有者側の立場で要町物件の地上げに関わっていた藤崎正信(以下「藤崎」という。)の仲介で、平成二年春ころから、要町物件の地上げに関して話し合いを持つようになり、同年夏ころ、本件合意書を取り交わすに至った。

2  本件合意書の解釈

本件合意書の骨子は、原告が松仲産業から南側土地を取得できたときは、被告から北側土地の譲渡を受け、両土地を合わせて売却し、その売却代金から双方の経費を差し引いた利益を平等に分配するが、それまではお互いの経費負担(具体的には借入金の金利負担)を、少ない方が多い方に一定の金員を支払うという方法で調整するというものである。

本件合意書には、さらに、原告は被告に対し、本件合意書を取り交わす際に一〇億円、平成二年一〇月一〇日限り一五億円、合計二五億円を支払う(支払った)旨の定めがあるが、これは、本件合意書作成時点で、被告がすでに北側土地の取得のために多額の資金を投下しているのに比べ、原告の投下資金が少ないことを考慮し、被告が原告にその不均衡の是正を求めたものと考えることができる。

以上によれば、本件合意書は、単純な売買契約や消費貸借契約ではなく、原告と被告が共同で要町物件の地上げをして、転売利益を折半するための業務提携契約であることが明らかである。

そして、本件合意書には、事業が成功する場合だけを念頭に置いた条項が記載されているが、事業が失敗に帰する場合や当事者が約束を履行しない場合には、業務提携契約の趣旨に照らし、公平の原則の見地から当事者の意思を推し量って条項を解釈していくのが相当である。

3  以上を前提に、平成二年四月二七日、原告が被告に一〇億円を交付したか否かの問題を検討する。

(一) 原告代表者、証人藤崎正信、同佐藤宣昌の供述ないし証言中には、大要、平成二年四月二七日、ホテルニューオオタニのラウンジに、原告代表者、被告の東京支長の村上統垣(以下「村上」という。)、藤崎、佐藤外数名の者が集まり、その席で、原告代表者が額面五億円の銀行振出小切手(預手)二通を村上に交付し、村上から被告作成の領収証(甲九)を受け取った旨の供述ないし証言部分がある。

(二) 右供述ないし証言に、本件合意書作成までの経緯、内容、ことに本件合意書にはその作成当日に一〇億円の支払いがあった旨が記載されていることを併せ考えれば、原告が要町物件の地上げを被告と協力して進めるために、本件合意書作成前の平成二年四月二七日に予め一〇億円を支払ったとみることもできないではない。

(三) しかしながら、前記供述ないし証言を子細にみると、まず、佐藤の証言については、当日は被告代表者もおり、預手は村上ではなく直接被告代表者に手渡されたと証言している点が、当日被告代表者は出席しておらず、預手は村上に手渡されたとする原告代表者及び藤崎の供述と一致せず、また、藤崎の証言については、証言前に提出した上申書(甲三八)では、預手が一〇億円のもの一本であったか五億円のものが二本であったか記憶がないとしながら、その後の証言(第三三回口頭弁論期日)においては、五億円の預手二枚を渡すところを間近に見た旨子細に証言している点に不審が残る。

次に、当日被告から原告に手渡されたとされる領収証(甲九)について検討すると、宛名の記載が鉛筆書であること(一〇億円の受取に宛名が鉛筆書の領収証を渡すことは考えられず、交付当時、宛名の欄は白地であったと推認される。)、金額が一〇億円ではなく、一二億五〇〇〇万円とされているうえ、チェックライターを使わずに算用数字が手書きされていること、収入印紙が貼られていないこと、以上の点が明らかであり、このような体裁(被告作成の原告宛の正規の領収証(甲一五)と比較すれば、こうした点の相違が明白である。)からすれば、右領収書が原告から被告への一〇億円もの金銭の交付を裏付けるものということはできない。

右領収証の金額につき、原告代表者は、融資する金額が当日まで詰め切れず、被告は一二億五〇〇〇万円を希望し、原告は一〇億円しか用意できなかったため、被告が一二億五〇〇〇万円の領収証を持参したことによると供述する(第二二回口頭弁論期日・速記録14頁)が、原告のために予め用意した領収証であれば、原告の名称が鉛筆で記載されている(あるいは白地であった)理由が説明できず、右供述は信用できない。

(四) 以上検討したところに加え、本件においては、一〇億円もの金銭の移動について、その痕跡を示す書証(原告会社内の帳簿や預手を振り出した銀行の記録など)が一切提出されていないことを考え併せれば、原告代表者、藤崎及び佐藤の供述ないし証言のみから、平成二年四月二七日の一〇億円の交付の事実を認めることはできず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

二  争点2について

1  右一2で認定説示したとおり、本件合意書は、原告と被告が共同で要町物件の地上げをして、転売利益を折半するための業務提携契約を定めたものと認められる。

そして、証拠及び弁論の全趣旨によれば、右業務提携契約に基づく事業はその後進展のないまま推移し、結局、右業務提携契約は、本訴提起後の平成四年一〇月二七日に、被告の原告に対する原告の債務不履行(前提事実4(五)の一五億円の不払い)を理由とする解除の意思表示により解除されたものと認められる。

2  そこで、次に、前提事実4(四)に基づき金利負担の調整金として原告が被告に交付したことについて争いのない二億五〇〇〇万円(前提事実5)につき、被告がこれを原告に返還する義務を負うかどうかを検討する。

3 右二億五〇〇〇万円は、要町物件の地上げ転売という共同事業を遂行するうえでの必要経費として、当事者双方が既に投下した資金の調達にかかる金利負担の金額を概算し、その負担が当事者間で均等になるよう調整した結果、原告から拠出されたものである。ここで拠出された金員は、結局はいわば業務提携関係を維持管理していくためのコストとして費消されていったものであって、その性質上、要町物件の転売が成功して契約の目的を達したかどうかに関わりなく(したがって契約関係が最終的には解消された場合にも)、業務提携関係が維持された期間に相当する分については当事者がその返還を求めることはできないということができる。そうでなければ、原告は地上げの計画が成功した場合にのみその利益の分配に与り、失敗した場合のリスクを負わないということになって、公平を失する。そして、金利負担調整金として最後に五〇〇〇万円が原告から被告に支払われた平成二年一一月九日の時点においては、前記のとおり、原告被告間の業務提携関係はなお維持されていたものということができるから、原告の金利負担調整金の返還請求は理由がない。

また、当事者間の業務提携によって一種の組合的な法律関係が形成されていたと考えた場合においても、原告は、債務不履行を理由に契約を解除され、本件の共同事業から排除されたのであるから、このような場合にまで、原告に、本件の共同事業から出資金等(成功した場合は出資金と利益、失敗した場合は残余財産の分配による出資金の一部)を回収する権利を認めることは当事者の契約意思ではないと解される。というのは、もしそれを認めるならば、お互いに協力して事業を進めることを合意した者が、自らの義務を履行しないことによって、出資金を回収したうえ、いつでもその事業から手を引く権利を認めるのと同じことになってしまうところ、無条件に出資金の返還を認めれば、事業自体が立ち行かなくなり、他の共同事業者に不測の損害を被らせるおそれもあるからである。

このような解釈をとることができないとしても、前記二億五〇〇〇万円が出資金である以上、特別の合意もなしに原告が被告に一方的にその全額を請求できるわけはなく(出資金は、事業の成否が決するまでは返還請求できないとするのが常識である。)、せいぜい右金員は、共同事業を清算して双方が分配を受ける額を決める際に、原告の拠出した出資金として計算の基礎になるにすぎないというべきである。したがって、右共同事業の清算に関して何らの主張・立証もせずに、その全額の支払いを求める原告の請求は失当である。

以上によれば、いずれの解釈をとるにせよ、右二億五〇〇〇万円の返還を求める原告の請求は理由がない。

4  なお、被告は、右の金利負担調整金以外にも、原告から被告に対して三億円の金員が支払われた事実を認めている。

しかしながら、被告の主張を詳しくみると、右金員の支払の経緯は、被告が原告から被告振出の約束手形の手形割引を受けていたところ、原告から本件業務提携に参加させてもらう見返りにと右手形の決済資金一〇億円の肩代わりの申入れがあり、被告がこれを受け入れたが実際には原告からは内金三億円の送金を受けたにとどまった(ただし、その正確な日付等については主張がない。)、というものである。

そして、原告は、被告の右主張事実については全面的に否認し、平成二年四月二七日にホテルニューオータニのラウンジで預手により原告から被告に(売買代金内金、業務提携協力金もしくは貸金として)一〇億円が交付された旨を主張するものであるが、他方被告は、原告の右主張事実についてはこれを全面的に否認している。

そうすると、原告主張の事実と被告主張の事実とは、金員交付の趣旨及び支払の態様を大幅に異にするものであって、事実としての同一性がないというべきであり、被告が原告からの結果としての三億円の交付をたまたま認めていることをもって原告主張の一〇億円の一部の支払があったと解することはできず、原告は、右三億円の返還を請求することはできないというべきである。

第四  結論

以上によれば、原告の本訴請求は理由がないから棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法六一条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官岡光民雄 裁判官庄司芳男 裁判官杉浦正典)

別紙物件目録<省略>

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